礼拝メッセージ 5/9『キリスト者と呼ばれて』

キリスト者と呼ばれて使徒言行録十一章十九~二十六節  

Story1:協力伝道

 神奈川バプテスト連合には二十一教会・伝道所があります。連合総会を開いて協力伝道を行っています。また日本バプテスト連盟は全国三二〇の教会があります。全国の教会・伝道所のために協力伝道を行っています。アジアバプテスト連合もあり、アジア・オーストラリア地域の教会が集まって協力伝道を行っています。また世界バプテスト連盟もあります。事務所はワシントンDCにあり、四年に一度世界中のバプテストあり色々な集会を行います。

 写真をお見せしましょう。これは私が三〇代の時の写真です。その頃青森県三沢市で伝道していました。カルバリー教会という三沢基地の兵隊さんたちが礼拝している教会です。三沢伝道所の母教会です。年に二回、青森県内や岩手県内の学生さんたちが100名~180名くらい参加しまいました。ホームステイをしたり、英語を学んだり、聖書を学んだり、礼拝に出席したりするプログラムです。

三沢伝道所で一緒に伝道したハインズ宣教師一家、仙台で伝道していたウッズ宣教師一家、カルバリー教会のギャフォード宣教師一家も一緒に働きました。高校生を中心に楽しい讃美をしたことを思い起します。キリスト教は国外国内を問わず、協力する伝道です。七年間で三十名ほどがクリスチャンになりました。

 神様は皆さんを伝道者、宣教者、宣教師、牧師など色々な伝道の器として用いようとしています。神様に祈り求めて欲しいのです。世界で神様はあなたを用いようと計画しています。

Story:アンティオキア教会

 さてキリスト教はどのようにして広まって行ったのでしょうか。最初は真に小さな群れでした。ユダヤ地方で十二弟子を中心に「群れ」が形成され、「弟子たちの群れ(女性を含む)が生まれました。

しかしキリスト者は迫害され、弾圧されステファノの殉教が起こります。使徒たちはサマリア、フェニキア、キプロス島、アンティオキアまで散らされていきました。北へ逃れます。(十九~二十一節)しかし迫害されればされるほどクリスチャンは増えていきました。その結果できたのがアンティオ教会です。

私は中国ガンジョウにある未公認教会、地下教会を訪ねました。中国語の聖書四十冊をリュックに詰めて運びました。見つかると拘留されるといのうのでものすごく緊張して麻薬を運ぶような思いがしました。そこの中国人の老牧師が「迫害されればされるほどキリスト教は広がって行く」と言われたことを忘れません。古びた天上屋根が壊れている教会で伝道しておられました。教会は狭くて汚い店が並ぶ路地裏にありました。スラムの中です。一階には警察が常駐していて監視されているとのことでした。福音は迫害の中で広がるのです。

Story3:「キリスト者」

 キリスト者は初めからクリスチャンと呼ばれたわけではありせん。最初は「弟子」「使徒」「兄弟たち」「聖徒」「神に召された者」と呼ばれています。パウロはキリスト者をクリスチャンとほとんど呼んでいません。特徴的なのは「聖なる者(ハギオス)」と何回も呼んでいます。今日の個所ではユダヤ人にとっての外国人が多い、アンティオキア教会で初めて、「キリスト者」と呼ばれています。(二十六節)その意味は「キリストに属する者」「キリスト党の人たち」という意味です。これは人々が呼んだ「あだ名」です。二十六節に「教会で教えた」と出てきます。この「教会」は原語では「シナゴーグ」です。ユダヤ教の礼拝堂です。最初はユダヤ教の礼拝堂を使って集会をしていたのです。

 横浜海岸教会〈改革派・長老派〉という教会が、大桟橋の近くにあります。この教会を始めた宣教師たちは、お寺で集会や礼拝を持ち、お寺で英語を教えて伝道しました。その中にバラ宣教師・ヘボン宣教師がいました。ローマ字でヘボン式と言いますが、その先生です。最初からキリスト教の会堂で伝道したわけではないのです。バラ宣教師の墓は外人墓地にあります。ちなみにフェリス女学院の創設者キダ宣教師・新約聖書日本語訳のネイサンブラウン(バプテスト同盟)の墓などがあります。開拓期は小さな働きですが、後世には大きな意味を持ちます。当時のキリスト者は今で言えばスタートアップ企業、ベンチャー集団、パイオニア集団なのです。

Story4:相互の援助活動

 今日の個所ではエルサレム教会とアンティオケ教会の協力伝道の姿が書かれています。

 第一は、二十三節でエルサレム教会はバルナバという弟子を遣わします。「バルナバは神の恵みが与えられた有様を見て喜び、固い決意をもって主から離れることがないようにと皆に勧めた。」(二十三)とあります。エルサレム教会とアンティオキア教会は互いに助け合う教会でした。

シオン人形劇団で色々な教会と交流をして来ました。励ましはたいへんたいせつです。川崎教会、逗子教会、教団藤沢教会、カトリック幼稚園、藤沢市民クリスマス、もちろん湘南台教会など色々な教会で子供たちへ伝道してきました。大変豊かな伝道でした。

 第二の記事は二十七~三十節です。飢饉が起こってしまいます。これは実際に紀元後四十五年頃に大きな飢饉があったとローマの歴史書にあるそうです。アンティオケ教会で支援物資や食料や献金を募って、エルサレム教会に届けました。 

 阪神淡路大震災の時に関西の教会に全国の諸教会が支援物資を送りました。北日本大震災の時には、この教会に福岡の諸教会から即席ラーメンが山ほど積まれ、それを池田さんが車で南浦和んで運んでくださいました。そして宮城県や岩手県にラーメンが届けられました。励ますつもりが励まされ、伝道するつもりが伝道される。鍵をかけて自分の教会に閉じこもらないで、恥ずかしさを越えて外に出て行くときに新しい体験をして、新しい信仰を発見するのだと思います。恐れないで互いに励まし合うことを重ねていきましょう。皆さんの持っている才能は何ですか?小さな才能でも神様は用いて下さいます。あなたの才能を誰かを助けるために使って下さい。